タイガーマスク基金 インタビュー

スペシャル対談
~『おれたちの青空』刊行記念~ 「ひとり」になることの大切さ
佐川光晴×尾木直樹

次作の主人公は陽介の父親

佐川 今回『おれたちの青空』という明るい題名を、あの子たちの旅立ちのためにつけたんですけど、それは晴れやかな気持ちを表わしているだけではなく、自分がどうにかたどり着いて築き上げたはずの共同体から、成長とともに、また離れなきゃいけなくなることの辛さを抱えることも意味しています。
 

共同体には負の側面もあるのですが、多分そういう辛さを抱えた先に、さらなる共同体が築かれるのではないかとぼくは思っているのですが、いかがですか。
 

尾木 ぼくの大学生のころは、労働組合運動とか学生運動とかがすごく盛んで、寮や自治会なども強かった。ある種の共同体が力をもっていた。しかし、それらが本当に個が確立した上での共同体だったのかというと、そうじゃないかも知れません。共同体という中に安住しているだけで、個としての自覚ができていなかった可能性すらあります。この2011年になっても、私たちの運動や活動も、そこから脱出できてない危険性もありますね。
 

たとえば、いろいろな団体から講演などで呼ばれて行くでしょう。そうすると、最初の責任者のあいさつを聞けば、あとは聞かなくても見当がつく。どこでもみんな同じようなことをお話されてるわけ。自分の頭で考えて、自分の地域の教育をどうするのか、あるいはこの学校をどうするのかという課題に本気で取り組めていない。徹底してひとりになり、個を確立し、確立したところで他者とつながっていくという形やプロセスになっていないんですね。もし、おっしゃるような共同体ができるのだとしたら、やはり“個の確立”が大きな問題になってくると思います。
 

佐川 今おっしゃったような組織の停滞をどこで打破していくかというと、完全な処方箋なんてないんですけど、自分で子供を育ててみると、息子たちがまさに身もだえしながら成長していくのがわかる。そうやって必死に自分と向き合っている息子たちの姿を見ていると、大人である自分も背筋を伸ばさざるを得ない。大人同士だと、さっきいったように帳じり合わせでどうにかしてしまえというところが出てしまうんですね。でも、帳じりを合わせることができないで身もだえしている子供たちの成長に向き合うことでしか、大人は自分たちの中の硬直した考えを解いていくことができないのではないか。
 

『おれのおばさん』『おれたちの青空』の世界は、ある意味理想郷なんですね。「おばさん」の後藤恵子は、せっかく北大の医学部に入ったのに、そこを辞めて芝居の世界に入っていく。結婚したかと思ったらすぐ離婚して、すったもんだした挙げ句に児童養護施設の責任者となる。その猛烈な人間のローリングする世界と、親と一緒に暮らせない子供たちのローリングする世界、この二つの世界が絡み合いながら、ある強い世界をつくっていく。
 

はじめにいったように、この小説を書き始めたときに、ぼくのまわりにいた息子を含めた中学生たちに、こんな世界もあるよ、こんなやり方でもどうにか生き延びていけるよっていうことを、自分の経験に即して教えたかったし、小説の中で子供たちが精いっぱいやり切っていく姿を書きたかったんです。
 

尾木 ありがたいですね。おっしゃるとおりだと思います。そうした気概が、この2001年以降、教育界からは一気に失われてしまったんです。そんなのは理想論で甘っちょろいみたいな言い方に押し籠められてね。
 

佐川 女房が教師をやっていますから、教育現場の大変さはよくわかります。でも、制度的な面からの押さえつけっていうのは、いつの世の中でもあることで、肝心なのは、人が成長していきたいというエネルギーであって、そのエネルギーがあれば、そういう制度的な押しつけも凌駕できるはずだと信じているんです。人と人との出会い、絡まり合いの中から、それまでとはまったく違う光景を生み出せるはずだという信念があって、そういうものを、これから先、『おれのおばさん』シリーズという形でやっていければいいなと思っています。
 

尾木 ということは、これからも続いていくわけですね。今後はどういう展開を考えていらっしゃるんですか。
 

佐川 そもそもは、父親が横領して、その金を愛人に貢いだことが原因で、陽介は施設にやられることになったわけですが、その現況をつくった父親の物語というのを今書いています。五十になっていながら、まったく個を確立できないまま生きてきてしまい、自分のしくじりによって子供や妻を大変な目に遭わせてしまう。どうやら子供や妻はうまくその危機を乗り越えたらしいが、さて、おれはどうするのか、と。残された父親の話を今書いてて、これから山場になっていきそうなんです。

 

尾木 なるほど。個を確立できない大人の物語ですね。陽介のお父さんにはそこで存分にもがいてもらいたいですね。期待しています。

 

尾木直樹さん

教育評論家。臨床教育研究所「虹」所長。法政大学キャリアデザイン学部教授。早稲田大学大学院教育学研究科客員教授。1947年滋賀県生まれ「尾木ママ」の愛称でテレビ出演や教育関連の執筆・講演等で活躍中。著書に『尾木ママの 親だからできる「こころ」の子育て』、『尾木ママの「凹まない」生き方論』等多数。

佐川光晴さん

作家。1965年東京都生まれ。2000年「生活の設計」で新潮新人賞を受賞して作家デビュー。著書に『ジャムの空壜』『縮んだ愛』(第24回野間文芸新人賞受賞)『家族芝居』『銀色の翼』『牛を屠る』『おれのおばさん』(第26回坪田譲治文学賞受賞)等。

 

『おれたちの青空』

東京の名門校に通う中学生・陽介は、父が横領罪で逮捕されたため、おば・恵子が営む札幌の児童養護施設に放り込まれる。その陽介とともに施設で暮らす同級生・卓也が、受験を前に自らの過去と対峙する姿を描く「小石のように」、恵子が劇団女優から児童養護施設の運営者へ転身するまでの波乱の人生を描く「あたしのいい人」ほか、全三編収録旅立ちの季節を迎えた中学生たちと、それを見守る大人たちの姿を爽やかに描く感動の青春小説。

 

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