タイガーマスク基金 インタビュー

スペシャル対談
~『隣る人』トークライブ~ 「隣る人」としての父親・地域の役割
『隣る人』監督 刀川和也さん×FJ代表 安藤哲也

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児童養護施設を8年間追ったドキュメンタリー『隣る人』公開を記念して、刀川和也監督とファザーリング・ジャパン代表の安藤哲也がトークセッションを行いました。

 

『隣る人』刀川和也監督のインタビューはこちら

http://www.tigermask-fund.jp/interview/007-1.html

 

刀川 安藤さんはNPO法人ファザーリング・ジャパンで男性の育児支援に取り組まれていますが、男性の意識の変革や、またプレパパという人たちへどういうアプローチをされているんでしょうか?

 

安藤 妊娠すると女性には保健所で母親学級がありますが父親学級というのはないんですよ。そこで、男性が育児を学ぶ場として僕たちはパパ向けセミナーを行っています。ここではおむつ替えやミルクの作り方だけではなく、「父親が子育てに関わるとこんなにいいことがある」ということを伝えます。これまで日本では、父親が育児に関わることの成果を誰も教えてこなかった。子どもに何か問題があると母親ばかりに責任を負わすような状況があって。

 

この映画を見て、保育に向き合っている男性の姿がなかったのが実はちょっと引っかかりました。メディアが子育てを報じる時、そこにはすべて「母親」が主語として存在している。それが「そうだ、母親はずっと隣に居なきゃならないんだ!」とさらに母親にプレッシャーをかけていく。この間テレビで虐待の特集をしていましたけど、出てくるのはみんな母親。でも実際には、父親の虐待も2割ぐらいあるんですよ。なんでそこに父親を出さないんだろう? 母親を追いこんでいる人は誰なのか? その視点がまったく欠落していましたね。多分監督はそういうこともわかった上で、あえて母性というものを強調したのだと思うんですが。

 

刀川 光の子どもの家では基本的に担当保育士は女性なんですよ。それをみんなでサポートしていく。その中で男性が関わっていないわけではないんです。ただ僕がこの映画を編集する中でやっぱり密接なものを集約させようと思った時に、そういう部分は外れてしまった、ということはあります。

 

安藤 映画の中でケンカする子どもを叱るシーンがあったけど、あれって父性的な叱り方なんですよね。逆に男性にも母性はあるし、夫婦もその時々で役割を入れ替えて、共同作業で子どもをうまく育んでいく仕組みを作ればいいんです。子どもって本当に大変な生き物。それをひとりで育てるということ自体に無理があるんですよ。

 

日本は戦後、専業主婦モデルなんてものを作ってからおかしくなっちゃった。江戸時代には育児をしていた男性はたくさんいるんですよ。でも明治維新以後、富国強兵で男女の役割分担を民法で明文化して、太平洋戦争、そして戦後は高度成長期というある種の経済戦争が起きて、男性は職場という戦場に駆り出され、家庭は母親が守る、みたいなことになった。そこにアメリカから三歳児神話が入ってきて、「お母さんは家に居なきゃいけない」と刷り込まれてきたわけです。当時は日本も景気がよく未来に希望が持てたから何となくううまくいってたけれど、リーマンショックや3.11以降、その価値観はガラガラと崩れていった。

 

今、本当に色んなことが問い直されてきている。それは別に政治の話だけではなく、僕ら一人一人の話です。この映画の中で起きている問題というのは、すべて僕ら自身の問題なんです。ただ自分の子どもが施設で暮らすことになっていないだけで、子育てしていれば、本当に紙一重だと感じる事態は多々あります。

 

いま、結婚や子育てが上手くいかなくて離婚し、ひとり親となる家庭が増えています。僕はシングルマザーの家の子どもをよくキャンプやプール、映画に連れて行きます。そこで自分の子どもと一緒に楽しんだり、叱ったりする。それが僕のナナメの父性なんです。これからはもっと地域が困ってる子や困ってる親をどうサポートしていくかが問われると思います。おじいちゃんおばあちゃんも含めて、みんなで見守って、育んでいこうよって。子ども手当をバラまけば子どもが育つと思ったら大間違いなんですよね。

 

刀川 それを聞いて僕はなんだかうれしいです。というのも僕はこの映画を作る時に、「児童養護施設で起きていること」という遠い話ではなくて、「自分のこと」と思ってもらいたかったんですよね。

 

安藤 被災地もそうだしね。東京だっていつああいうことが起きるか分からない。津波で奥さんを亡くした父子家庭にも会いました。特に男性は仕事や家を失うと精神的に崩れていきやすいので、そこでまた色んな問題が起こる。養育できなくて児童養護施設に入れられている子もいるでしょう。本当に、これからは男女関係なくみんなで働いてみんなで子どもを育てていくという社会になっていけばいいなと思います。

 

ところで監督に質問なんですが、この映画は、誰に観てほしかったんですか?

 

刀川 誰に、と言われたら、「この日本で生きていく私たち」そんな感じです。家庭が崩れていく中で、児童養護施設は子どもにとって最後の行き場です。そこで出会った血のつながりのない大人と子どもが一緒に暮らし関係を紡いでいき、かけがえのない存在になっていく。それが隣る人ということなんですが、同時に大人も隣られていくんですね。そういう関係になるということが僕には発見だった。このことは、自分たちが生きるこの社会で、これからの未来を含めて、とても大切なことに思えたんですよ。誰もひとりでは生きていけない。

 

安藤 なるほど。児童虐待は今、緊急的な課題です。その一歩手前にいる人たちが本当はこれを見て、「ああ、やっぱり子どもって大事だな」と思ってくれるのが一番効果的なんだろうけど、そういう当事者は多分この映画、見に来ないだろうなあという感じがします。

 

刀川 つらい?

 

安藤 というか彼らには余裕がない。映画館に来るのはちょっと難しいかな。どんな問題でもそうで、「本当に届けたい人に届かない」というジレンマは僕らも活動していて感じます。だからといってやらないという理由はないので、こうやって表現したり、発信していくんだけれども。だから今日はぜひ、見に来てくれた方たちの身近にいる、今子育てに行き詰っている人たち、親族でもいいし、近所の人でもいい、彼らにこんな映画があるよーって伝えてほしいんですよね。情報を受信して足を運んでくれる人はその時点でもうOK。問題は小さい子どもがいてお母さんが精神的にも大変になってるのにまったく子育てに協力しないお父さんとか、まだ日本にはたくさんいるんですね。僕らは彼らのようにいくら発信しても届かない父親を「圏外パパ」と呼んでます。僕らだけでは届けることができないから、メディアを使ったり、他のNPOや行政、自治体や企業と連携して色々なことをやっています。

 

刀川 なんかもうちょっと子どもたちが生きやすい社会になったらなぁと思いますね。

 

安藤 子どもが生きやすいということは、大人も生きやすいってこと。僕らは「笑っている父親になろう」をスローガンに、父親が社会のキーパーソンなんだという切り口で活動しています。父親がいつも笑っていられるような社会になれば、お母さんだって楽しく育児できるだろうし、お母さんが笑顔であれば子どもの情緒は安定するはずなんです。

 

我々もタイガーマスク基金という児童養護施設の子どもたちの自立支援に取り組んでいますが、18歳で施設を退所する際、自立のための支援が足りなさすぎる。最終的には僕らの活動が法律や制度を変えるきっかけになればいいと思っています。

 

(このトークライブは2012年5月15日に行われました)

 

映画監督 刀川和也さん

アジアプレス・インターナショナル所属。フリーの映像ジャーナリストとして、フィリピンの児童労働やインドネシアのストリートチルドレン、アフガニスタンの空爆後の子どもたちなどを取材。その後、国内外でカメラマン、取材ディレクターとしてテレビドキュメンタリー制作に携わる。延べ8年に渡る撮影を経て『隣る人』を完成。本作が初監督作品となる。

 

『隣る人』公式HP http://www.tonaru-hito.com/

 

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