勉強会・セミナー

2011年 港区児童虐待防止シンポジウム
「パパ力(ぢから)が家庭も地域も変える」

シンポジウム第二部 ~児童虐待シンポジウム~

安藤: 第一部の話、非常に胸を打たれました。3歳のSちゃんという、僕のうちと同じ年齢の子どもの状況を聞いて胸が痛くなります。なぜそういう状況が生まれたのか、背景には児童虐待という問題があります。今日は家族の絆を深めるために、「パパ力」ができることを考えて行きたいと思います。

 

<自己紹介>

 

安藤: 私は49歳の現役の父親です。妻と中学生、小学5年生、3歳の3人の子どもと文京区で暮らしています。14年間ずっと夫婦で力を合わせて育児をしてきましたし、文京区の保育園や学童クラブ、保護者やPTA会長とも一緒になって地域と関わってやってきました。僕には地域にパパ友が40人、ママ友も多数いるので、普段の子育ても助かっています。

 

僕がサマーキャンプに行けない時も、子どもだけ送り込むと他のパパたちがみんなやってくれるんです。3.11の時も、僕は仕事で京都に行くため、東京から新幹線に乗っていました。揺れが来たのが新横浜の手前。これは今日は無理だな、と思ったので京都の予定はキャンセルしたのですが、帰ることもできない。金曜日の午後ですから、まだ子どもたちは保育園や学校にいる。電話も通じなくて、すごく不安でした。

 

そんな時、地域のパパ友のメーリングリストに「僕、今新幹線に閉じ込められてるんだけど、どうなっているのかな。誰か保育園と学校に見に行ってくれない?」と投稿したところ、自営業のパパ友がすぐに確認に行ってくれて、「大丈夫。ヒロシもサトシも元気だよ」と電話をくれました。こんな時にも地域のつながりは有効なんだなと感じました。

 

今は、若い女性たちが結婚相手に求める条件も変わってきています。大手結婚情報サイトの調査によると、第1位が「家事育児に協力的であること」でした。戦後ずっと「収入」が第1の条件だったんですよ。それで収入が伴う安定した職業を求める傾向があったのだけれど、もうこのグローバル社会では、お父さんがいくら頑張っても収入は伸びません。

 

今アテネやニューヨーク、ロンドンで起きている若者の暴動は10年後の日本の姿ですよ。そういうマクロな問題も含めて、家庭のシステムを変えていかないとやっていくのは難しいということを女性は分かっているんです。日本は結婚制度が強いので世帯数が増えなければ子どもも増えないのに、非正規社員なので結婚できないという人も多い。少子高齢化、人口減少社会が加速し、労働力は減っていきます。女性が活躍したいと言うのなら、そのためにパートナーである夫が育児休暇を当たり前に取って喜んで支えていかなくてはならない。意識や働き方を改良すれば父親も自由に育児参加できます。その結果、女性の社会進出が進んでいく。ヨーロッパの多くの国々では70~80年代にやったんですよ。それで出生率が回復してきたんです。これは本気でどの国も取り組まなくてはなりません。育児参加が注目を浴びる背景にはこういうことがあります。

 

そうは言っても、仕事が忙しくてなかなか育児時間が取れない男性が多い。帰宅時間も平日はほとんど終電、という人もたくさんいます。核家族の家庭ではお母さんと子どもが二人きりで過ごさなくてはなりません。そこでいろんな問題が起きています。父親も子育てに関われないまま、期間限定の子育てはあっという間に終わってしまう。

 

うちには中学2年生の子どもがいます。0歳から保育園の送り迎えをして、読んだ絵本は6,000冊、膝の上に座ってくれなくなったのが6歳、お風呂に入ってくれなくなったのが5年生。最近はたまに週末に家にいると「パパ、カラオケ行くからお金」。そんなもんなんです。だからこそ、その短い時間をもっと楽しもう、と提案しているのです。もちろん仕事は大事です、家族を養わなくてはいけないのだから。でも、家を建てて、子どもを大学まで入れれば父親としての役割を果たしたと思ったら大間違いです。思春期になって問題を起こした時、あるいは青年期の受験や就職活動の時にだけ父親として関わっていけばいいかと言えば、そんなの上手くいくわけがない。

 

それから、虐待にも関係しますが、夫婦関係の悪化は深刻な問題です。今離婚も増えています。離婚件数25万件のうち、約14万件が18歳未満の子育て家庭です。もっと詳細に見ると、子どもの年齢が0歳~3歳の離婚率がとても多い。最近は産前産後の離婚も多い。子どもが生まれて一番ハッピーな時期なはずなのに、です。そこで何が起きているのか、国は原因を分析して、それに沿った支援をしていかなければ離婚も虐待も減らないでしょう。

 

僕が知っている範囲で言うと、ほとんどが妻からの強制離婚です。夫が手伝ってくれない、何も協力してくれない、さみしい、つらい……。ママたちのセミナーでそんな叫び声を聞くたびに、何をやっているんだ!日本の男たちは、と思います。

 

夫婦関係の悪化は、子どもの育ちにもよくありません。父親の存在は子どもの成長にとって重要です。パパスイッチを入れる活動を年間300回ほどやって、目覚めていく父親たちに「パパの極意」を教えていきながら、絵本や工作、幼児教育、キャンプなどに参加していくことで、どんどんパパスイッチが入っていくんですよ。

 

母親のストレスがたまると虐待の率が高まっていきます。これをリスクヘッジするためには父親の存在・役割が非常に重要で、そこを強調したいと思います。育児は期間限定の“我が家のプロジェクトX”です。仕事にもいい影響を及ぼすし、お父さん自身の人生が楽しくなって、結果、「笑っている父親」になるんだということを、僕たちは伝えたい。実際、笑っている父親が増えることで、児童虐待や産後うつを予防していくことを目指しています。

 

高祖: NPO法人児童虐待防止全国ネットワークの理事をしていまして、FJもママ会員として活動しています。大学3年生、高校3年生、中学3年生の3人の子どもがいます。2000年4月にスタートしたインターネットサイト「こそだて」と育児のフリーマガジン「miku」の編集長、他に子育てアドバイザーとしての活動や、足立区でファミリーサポートの会員もしています。「パパスタイル」というお父さんの育児を支援するサイトでは、薬剤師のパパのコーナーもあります。

 

「miku」について少し説明します。産婦人科・小児科などの医療機関や保育園など、全国約1850か所に設置しています。色々な育児書がありますが、書いてある通りにできないと悩んだり不安になってしまう真面目なママも多いので、マニュアル本ではなく、「子育てを楽しむ」という視点から編集をしています。全国27都道府県で無料配布しており、育児サークルにもお送りしていますので、もしご希望があればサイト見て申し込んでいただければと思います。

 

いくつか記事を紹介します。まず「赤ちゃんなぜ泣くの」という記事です。虐待の中には母親が虐待してしまうケースがあり、その理由として「赤ちゃんが泣きやまなかったから」というのが多くあげられます。「ママのケアが悪いんじゃなくて、赤ちゃんは泣くのが当たりまえなんだよ」と安心できる言葉だったり、ストレスで赤ちゃんを投げたり、口を押さえたりしないようにという虐待防止につながるようなコラムも入れています。

 

「産後うつ」についても取り上げました。産後うつがイコール虐待ではないけれど、産後、女性はホルモンバランスが崩れることもあり、非常にナーバスになることが多いのです。母親の心が落ち着いていないと子どもにも影響を与えます。落ち込みがひどくならないうちに夫や周りのサポートが必要だと思います。

 

スウェーデンで浸透している「『叩かない子育て』は日本でできるか」という記事も紹介します。スウェーデンでは30年前に子どもへの体罰が法律で禁止されました。最初は法律への反対派が多かったのですが、体罰のない子育てをみんなが考えるきっかけとなり、虐待が減ったという事実があります。これは読者の反響も大きくて、「記事をきっかけに、自分と子どもとの関係を見直しました。子どもを叩いてしつけるのではなく、パパと子育てを考えていこうと思いました」など、たくさんの声をいただきました。

 

もうひとつは、震災以降、子どもをどう遊ばせるかなどで、仲のよかった母親同士が仲違いしたり、考えの違うママ友に攻撃的になる母親がいるという状況があったので、「考え方が自分と違うからダメ」ではなくて、尊重し合いながら子育てをしていきましょうと。夫とも落としどころを夫婦で相談して、コミュニケーション取っていきましょうと伝えました。

 

オレンジリボンについて、知っている方はいますか? 認知度は3割と言われています。オレンジリボンは、2004年の栃木県の虐待事件を受けてスタートした運動です。現在は全国に広がり、色々な団体と連携して進めています。活動としては、シンポジウムの開催や、街頭でオレンジリボンを配布するなど、オレンジリボン運動を知っていただく活動をしています。今、都庁でポスターを掲示していただいているのですが、ポスターを作るにあたってオレンジリボンポスターコンテストを開催し、児童虐待について考えたり、どう表現すれば多くの人に伝わるかを学びあう機会にしていただいています。

 

私たちにできる児童虐待防止活動としては、まずオレンジのリボンを胸につけていただくことです。それが、会話のきっかけになり、意識を高めていくことにつながります。今日は日比谷公会堂で「子どもの虐待死を悼み命を讃える市民集会・パレード2011」が行われています。これは1週間に1人、子どもが虐待で命を落としている、その子どもたちの命を悼むという趣旨の会です。このイベントを通して、子どもの虐待を知っていただき、虐待を防いでいく決意を新たにしていただきたければと思っています。このようなイベントは各地であるのでぜひ参加してください。ボランティアとして協力していただくこともできます。

 

また、地域の親子に声をかけてください。「赤ちゃんかわいいね」「赤ちゃん大きくなったね」とコミュニケーションするだけで母親の気持ちが明るくなることもあります。近所の親子同士で交流するのもいいと思います。密室で1対1の子育てをするのは負担が大きいもの。たくさんの目があるところで子育てをしたほうが、親も楽になりますし、子どもにもいい影響が出るのです。もちろん、お母さんの時間を作るためにお父さんが育児をするのもいいと思います。

 

オレンジリボンの公式のサイトには、オレンジリボン運動を応援する意思表明をしていただいた「サポーター」数が掲載されています。現在5255人です。みなさんの思いが虐待防止につながっていきます。つい先日も、生後2カ月の子が虐待されたニュースがありましたが、こういった事例を少しずつなくしていきたいと思っています。24時間つながる児童相談所全国共通ダイヤルTEL 0570-064-000もあり、匿名でも通報は可能です。虐待かな、大丈夫かな、危ないかなと思い連絡することが、親子の支援の第一歩になります。通報がないと自治体は動くことができませんから、心配だと思ったら、間違いでもいいから、連絡をお願いします。お母さんやお父さんが子育てに悩んだ時にも連絡していただければ、必要に応じて関係機関につながります。携帯電話に登録をしたり、周囲の人に教えて広めてください。

 

坂倉: 慶應義塾大学の坂倉と言います。港区と共同で、地域コミュニティの拠点作りをしています。
普段は大学で働いていますが、地域のコミュニティが、「芝の家」という街中の人が集まれる場所を通じてどう形成されていくのかということについて研究しています。そのほか、コミュニティカフェのネットワーク作りや、障がいを持つ人の芸術活動の支援や港区のボランティア活動支援なども参加しています。

 

「芝の家」は、ここから歩いて10分程、道に面した1階のスペースで、表には縁側、室内にはソファや座布団、駄菓子やセルフサービスのお茶コーナーもあります。子育てをする人や一人暮らしのお年寄りなど、近所付き合いがありみんなが助け合えるような環境を支援していこうということで、港区と一緒に、この事業を行っています。

 

普段は特にイベントをやるわけではなく、どんな人が訪れても帰ってもいい、フリーな場所です。運営は大学生から70代の方まで、35人位で協力して運営をしています。週3日は「コミュニティ喫茶」で、大人やお年寄りがお茶を飲むことができ、赤ちゃん連れのお母さんもよく来ます。他の3日は子どもの遊べる日で、子どもたちも、ベーゴマをやったり任天堂をやったり、各自好きなように遊んでいます。スタッフも、子どもが来たからこういう遊びをやらせるという訳ではありません。たまに、近所の方がスポーツチャンバラを教えてくれたり、町会長がレコードをたくさんお持ちなのでジャズを聞きながらイベントをすることもあります。イベントも、できるだけ地域の方の特技ややりたいことを生かしたものを心がけています。

 

週6日の運営で、子どもからお年寄りまでいろんな人が来ます。赤ちゃんとお父さん、お母さん、中学生、高校生、近隣の大人、90歳くらいの方もいます。都心部なので会社員も昼休みにお弁当持って来たり、会社帰りにイベントがあれば立ち寄ることも。大学生や慶應の留学生、ふらっと見学に来る人、実に様々な人が集まっています。昨年度は一日平均35人ぐらいで、約1万人の利用者がありました。

 

いくつか活動を紹介します。近所の人たち60~70人が準備に関わり、年に1回お祭りをしています。芝の家だけではなくて、近隣のお店や駐車場に屋台を出したりしながらやっています。小学生によるネイルサロン、お母さんたちの駄菓子屋なども出店して、みんなで楽しみながらやっています。

 

「コミュニティ菜園」という活動では、植物好きな人たちでプランターに花を植えたり、近所のお店に置かせてもらったり、帰りがけの子どもやおばあちゃんが手伝ってくれたり……。
他には、医学生や薬学生、お医者さんが、地域の健康作りを考えるためにハーブ喫茶を開いたり、保育園や幼稚園でいのちや体について考えるワークショップをしています。

 

ベルリンから調査に来ているデザイナーが、少子高齢化の日本にわざわざやってきてくれて、ご近所付き合い支援のためのソーシャルメディアを開発しています。それでできたのが、「お互い様掲示板」。「私は包丁磨きができます」とか「パッチワークが習いたいです」と書き込むことで、子育て中のお母さんと留学生の間で英会話教室が始まったり、個人的なやりとりが起こったりしています。

 

また昨年末からは、子育てを親や家庭内の問題だけにせず、地域の人たちも関われる環境作りをしようということで、「芝でこそ:芝で子育てしたくなるまちづくりプロジェクト」.も始まりました。元幼稚園の先生や、1歳児のお母さん、近隣で働くお父さんなど、多くの方が協力してくれています。この間は芝の家に集まっている人たちで遊びに行こうということで、芝公園に行きました。子どもも、お父さん、お母さんも、70代の方が1人で参加したりもします。たまたま公園に来ていた方も、みんなの輪に入って楽しんでいらっしゃっいました。

 

芝の家の活動の特徴は、本当に「色々な人がいる」というところです。家族の形も様々だし、お年寄りも、小学生も高校生も大学生もやってきます。そういう雰囲気の中で、親子だけのコミュニケーションではなくて、よその子や、子ども同士、それに子育てに関わっていない方も関与していく。そういう時間を作っていくのがこのプロジェクトの面白いところだと思っています。

 

最後に、芝の家が地域に果たす役割についてお話します。地域社会とは、自治体からひとりひとりの生活まで、いくつものレイヤーが重なってできています。公民館や学校といった公共機関に近いものから、町内会や子ども会など地域の支援的な活動もある。かつては町の中にたくさん知り合いがいて、なんとなくネットワークができていました。その中で助け合いや子育て支援が行われていたと思うのです。ところが今、特に都心部では子育てが孤立化しており、自分たちの生活を自分でやっていくので精一杯になっています。そのような環境の中で、それぞれの家庭の問題……児童虐待やひきこもり、DVなどをどのように解決していくのかということは、なかなか難しい。そういう状況の中で、安藤さんが言うパパ友を作り上げることで状況を変えていこう、オレンジリボン運動でなんとか訴えかけていこう、ということが必要になってきていると思います。

 

芝の家は行政の事業のひとつではありますが、行政がサービスを提供するのではなく、ここに集まる人たちが色んなものを持ち寄って作っていく場なんです。ここで子育て関係のプロジェクトやお祭りを始め、複数の活動が起こったり連続していくことで、再び地域社会の編み目が生まれてくるんじゃないか。そう思っているのです。

 

また、芝の家が単体で機能するのではなく、芝の家を中心に、周りの町内会や老人会、あるいは小学校や児童館、子育て支援施設や子ども家庭支援センターなど、多様なネットワークが小さい地域の中で集結していくことで、起こっている問題にも気楽に向き合うことができる。こういう個人から施設までつながりのある環境が、何かあった時に安心できる暮らし方なのではないでしょうか。

 

荒巻: 福井県から来ました、パパジャングルのアラジンと言います。荒巻仁と書いてアラジンです。3人の男の子がいます。

 

福井県といえば、都道府県の中で幸福度ナンバーワンです。最下位は大阪です。僕は大阪出身なので、最下位から一番のところに移動したんです。大阪で一緒に仕事をした方から「福井と大阪の違いはなんですか」と聞かれたんですが、「アラジンがいるかいないかでしょう」と、答えました(笑)。アラジンと言えば魔法のランプで、僕は笑顔の魔法ということを謳っています。

 

僕の活動は「父子笑伝」「笑育」をスローガンとして、笑う、楽しむということを徹底的に追求する活動をしています。安藤さんにそそのかされてパパジャングルを立ち上げ、父子キャンプをやっています。「お父さんと子どものお菓子の家作り」というイベントには、50組の定員のところ200組の申し込みがありました。イベントは「笑う」ということにこだわってやっています。冒険遊び場を備えた学童保育も運営しています。毎日外でおやつを作って食べたり、外で泥遊びなど色んなことをしながら、年250日以上冒険遊び場で子どもたちが遊んでいます。
 

被災地の子ども支援活動では、南相馬市の子どもたちを中心にやっていますが、つい先日も南相馬市の子どもたちを呼んで、放射能のないところで思いっきり遊んでもらおうということを企画しました。

 

自分の活動は、個人的な絵本の活動から始まっています。絵本ライブは年間150回以上。地元の4つすべての小学校で絵本のボランティアをやっています。僕の目標は小学生2000人と友だちになること。保育園、幼稚園、イベントなどでも呼ばれています。そういう活動を評価していただき、昨年、読売の子育て応援団大賞「奨励賞」をもらいました。

 

パワフルな活動の原動力は何かというと、僕には心理的・精神的虐待、父親の暴力に30年間耐え抜いたという過去があります。虐待の講演に呼ばれることもありまして、その中で自分の過去の話をしますと、本当にある話なんですねと言われるくらい。父親が亡くなったら自分の過去を本に書いてみようかな、なんて思うのですが、まだ克服しきれてはいないんです。

 

僕は小さい時から、ただただ救いを求めていました。でも誰にも相談できない、誰も気づいてくれない。70年代、80年代は、まだまだ虐待という言葉も浸透していなかったと思いますが、僕は父親からの虐待という絶望的な状況の中で毎日を過ごしていました。僕のできる行動は、毎日神様お願い、仏様お願いと、祈るしかなかった。トイレに入って無意識に便器に立つでしょ?(不吉な数字の)4番目に立つと、今日死ぬかもしれない、4番目の便器に立った瞬間怖くて苦しくて心臓が飛び出そうになる。交通事故に合いそうになって、ドキッとする瞬間があると思うけれど、あれが毎日何時間おきかにあるかってイメージです。もう死んでしまうんじゃないかってほんとにドキッとする、そんな感じでした。

 

父親の何が怖いかって、自分が気に入らないことがあると刃物を出すことでした。弟は日本刀で斬りつけられたし、母親は出刃包丁で髪の毛をそがれるという事件もありました。
 

父親に殴られた母親が病院に行ったら、鼓膜が破れて耳が聞こえなくなっていました。それで、父親の呼びかけに答えられないと、また殴られるんです。年齢を重ねるごとに、暴力は、どんどんエスカレートしていきました。そういう家庭で育ちました。

 

僕は、高校生になったら押さえつけてやる、20歳になったら、大人になったら……と歳を重ねてきた。でも、高校生になっても、20歳になってもできない。小さい頃からいつか押さえつけてやるって思ったのにできないんです。27歳の時には、僕はこの世で幸せになれる運命じゃないと思いました。

 

結婚の話をすると、僕は実はバツイチです。1回目の結婚は望まない結婚をしてしまいました。子どもの時から絶対幸せな家庭を築くぞ、子どもに愛される父親になるぞ、そして笑顔の絶えない家族を築くぞと、これだけが夢だったのに、その結婚を、好きでもない人としてしまった。結婚すらも自分の思うようにできなかった。それでお寺に入りました。この世の幸せは諦めるけれど、来世の幸せは諦めない。そんな思いから、仏さんに仕えることで、人生生まれ変わらせてもらったら、今度こそ幸せに生きるぞと思いました。

 

ところがそのお寺で今の妻に出会いました。すごく運命的な出会いだと感じ、「お前は30年耐え抜いたんだから、今から幸せになりなさい」と、そんなメッセージを仏様からもらった気がしました。2年かけてやっと、一緒になれました。一緒になって、すぐ福井に引っ越して、今は幸せな家庭を持っています。子どもを授かって、自分の知ることのできなかった愛というものを子どもからもらった。

 

僕はこの10年ですごく変わりました。11年前の僕を知る人は、人間ってこんなに変わるんだなと言います。それぐらい変わったのは、やっぱり家族の愛のおかげだと思います。安藤さんやFJと出会えて、俺はこのために生きている、という感じがしています。過去30年にわたって父親の暴力に怯え耐えてきた。「これは神が与えた試練じゃないか。父親が笑顔でいることの大切さ、虐待で苦しむ子どもの気持ち、これを一番分かっているのは俺じゃないんか」と。「じゃあ、笑顔になれない子どもたちを救うことは俺の使命だ。これってまさしく天職だ!よし、NPO立ち上げて子どもたちを笑顔にするぞ!」ということでやっています。でも実は、子どもを救うとかそんなんじゃなくて、自分が一番救われた、というのが実感。地域のおじいちゃん、おばあちゃん、子ども、みんなの笑顔が今の生き甲斐になっています。今、みんなに支えられながら活動しています。

 

<パネルディスカッション>

 

■子ども虐待を起こしてしまう、母親と父親の背景

安藤: 荒巻さんの話を通して、いかに父親というのが善にもなり、悪にもなる存在かという話を聞きました。虐待の内訳をみると母親が約6割。父親の虐待はそれより少ないようですが、実際はどうですか?

 

高祖: 母親と父親のいる時間の比較からすると、父親は12%です。しかし専門家によれば、日中は母親と子どもでいる時間が長いので、時間数からみれば父親も多いのではないかという見方があります。父親の母親への圧力、父親から「なんできちんとしつけけられないんだ」と言われ、母親が厳しく子どもに接してしまう。さらには、父親が母親に暴力をふるっていて、そのストレスによって母親が子どもを虐待してしまう、ということもあります。

 

児童虐待の相談対応件数は、5万5千件を超えています。これは児童虐待の認知度が高まって通報が増えたこともありますが、表に出ない虐待や、性的虐待もあります。数字の見方として「虐待数が増えている」と断言はできないけれど、見えない虐待もまだまだあると思います。また、死亡事例の約6割は、事後対応となっています。

 

安藤: オレンジリボンとして、伸び続ける虐待件数をどう改善するか、ビジョンはどうですか?

 

高祖: 公的な機関への働きかけ、児童相談所の対応職員を増やす、少子化なのに児童養護施設がいっぱいだったりするわけですから、虐待で苦しむ子どもたちを受け入れる体制の強化、施設の中のケアなど。心にダメージを追った子が入る施設ですから、集団生活の中でのびのびと育まれたり、親の愛を受けきれなかった子どもたちの精神的ケアなど。施設によっても、とても差がありますから、行政に対してそのような働きかけも必要だと思います。

 

安藤: 虐待が増え続ける状況をみると、親の問題だけではなくて、社会全体が病んできているように感じます。母親を追い込んでいる父親の存在、父親不在の中で母親だけが追いつめられる状況はなんとか変えたいですね。

 

虐待を受けた子のケアはしなくてはいけないけれど、虐待が起きないように、これから親になる世代の人たちにどんな教育やケアをしていくかが重要になってくる。そのためには父親がキーパーソンであり、父親たちの関与や意識改革が予防につながるんじゃないかと思います。FJを始めた時にはそこまで考えていなかったけれども、虐待の問題を知るにつれ、これは間違いなく効果が出てくるだろうと、活動をやりながら思っています。
子どもの虐待を引き起こす要因はどんなことがありますか?

 

高祖: 原因が複合的な場合が多いです。経済的に苦しい、お金が家に入らないから生活が心配になる、父親も母親も両方とも精神的に不安定になるということもあります。

孤立した子育ても問題です。相談相手がいないことに加え、夫の帰りはとても遅い。そうなると、0歳児のお母さんはそんなに外に出歩けませんから、どうしても密室育児になってしまう。赤ちゃんを産むまでは働いていたお母さんが多いんですよ。それが子どもを持つと急に大人対大人の対応、大人同士の会話が少なくなってしまう。赤ちゃんと向き合う時間が長くなり、夫の帰りを心待ちにしているのに、夫は帰ってきても「疲れているから、寝るか」みたいな。お母さんたちはそこでがっかりしてしまって、どんどんストレスが溜まっていくのです。

 

 

■子ども虐待と、父親の関わり

安藤: 女性だから、そうなる訳じゃないですね。男性でも育児休暇を取っている人は同じようなことを言います。奥さんが働きに出ている間、「1人で子どもを見ていると、日本語を話したくなる」って、みんな言います。僕のところに「孤独です」と電話してくるパパもいます。「今の一番の悩みは何?」と聞くと、「妻の帰りが遅いんです」って。企業に勤める優秀な人は、父親でも母親でも長時間労働になっちゃってるんですよ。

 

これは育児だけでなくて、介護でも同じことが言えます。おむつを替えたりご飯を作ったり、お世話をするということでは育児と介護はやることほとんど同じですから。それを1人でやっていると同じことになってくるんです。介護虐待をする6割は男性です。複合的な不安や悩みをどうやって解消していくか。
今日は「パパ力」ということなので、父親がどう変えていけるかという話をしたいと思います。

 

荒巻: 自分のできることしかできないのですが。うちの学童保育に通っている子どもで、お母さんが「子どもとの接し方が難しいから、学童で見て欲しい」と見ていることもがいます。この家庭はお父さんがずっと単身赴任。子育てがしんどくなって、奥さんは夫の赴任先まで行ったんだけど、「お前に任せているから」とまったく相手にしてくれなかったというところから追い込まれてしまったようです。
 

もうひとつは、ママが子連れで旦那さんの実家に入られたという、詳しくは言えませんが複雑な家庭。やっぱりどれをとってもキーワードはお父さん。そういう意味で、僕やFJの活動の意味はすごく大きいと思います。

 

安藤: 「仕事が忙しくて」という日本特有の背景がありますが、芝の家は近隣で働く方が来る中に、お父さんらしき男性もいるんですか?

 

坂倉: 赤ちゃんのお父さんも、小学生くらい子のお父さんもいます。住んでいる方も、芝の家の近くが職場の方もいます。今度引っ越す方がいるのですが、「引っ越し先でも地域活動をしようと思う」とおっしゃっていました。まずは入口やきっかけとして、居住地近辺に入りやすいコミュニティがあるか、というのも地域活動に関係してくると思います。

 

子育てと直接リンクするかは分かりませんが、芝の家をみていると、お母さんとお父さんでは芝の家に対する関わり方が違います。傾向として、女性の方が日々のスパンで来て、そこから入ってくる人が多い。男性は中心として働く人をサポートしたり、イベントで自分の持ち味を発揮したり、という形の方がやりやすいみたいです。それから、「スタッフ」という形にすると「スタッフだからこういう人」って固定化されていくんですが、「関わり方は自分で決めていいですよ」って言うと、ほんといろんな形で参加してくれます。

 

 

■役割意識に縛られるから、父親も母親もストレスがたまる

安藤: 男性は、きちんと決まっているところには入りづらいんです。PTAはお母さんの世界になっていて、非常に苦労することが多いですね。イベントの時もお母さんたちが全部やってしまうって、パパたちだってみんな仕事できるんだけど、それをさせてもらえない。

 

被災地に何回も行きましたが、女性は自分から仕事を見つけて動いているけれど、男性は「ここのボスは誰ですか?」って、聞くんですよ。まず組織全体やシステムを見て、自分はポジションや役割を確認しないと動けないということが、まざまざと分かりました。

 

芝の家は、男女共生参画が自然にできている感じがしました。ゆるいルール「いつ来ても帰ってもいいし、やりたい人がやれる時にやるのでいい」という発想が、地域であり、家庭にも求められていくんじゃないかな。つまり、男だ女だって役割を決めるから、どっちも苦しくなるわけですよ。「ママは育児に、パパは仕事に」っていうようなことですね。やれる方、うまい方が適材適所でやればそんなに悩まない。完璧を目指さず、「今日はこれくらいできてればいいじゃない」と言えるような雰囲気ですね。僕の家は、最近そんな感じです。

 

坂倉: お話を聞いていて、父親の存在の大きさを改めて意識できてよかったと思います。うまくできていないと考えるお父さんは、自分自身を過小評価しているのかもしれません。奥さんの方が得意だと思う育児に関して、自分が何ができるかよくわからないし、自分の力を信じられない。「何かやらなければ」「こうあらねば」みたいなものを、職場と同じく家庭でも背負い込んで、結局、自分の存在を過小評価したり、余計なことをしてしまったり。本当は奥さんの気持ちに寄り添ってあげればいいだけなのかもしれないのに、あれこれアドバイスしてしまう、みたいな。そういう行き違いがありそうだなと感じました。

 

 

■父親という呪縛から解き放たれ、自分がどういう父でありたいか

安藤: お父さん特有の呪縛みたいなものを解いてあげたいですね。僕も最初の頃は苦しんでいたので。僕の両親も、父親と母親の仲が悪くて、毎日母親の泣き声を聞いて育ちました。で、やっぱり僕も一回目の結婚はうまく行かなかった。でも、今の奥さんが僕の父親をみて「あ、あのお父さんならなんか仕方ないよね」って言ってくれたんです。それですごく楽になりました。荒巻さんはまだ超えられないと言いますが、僕は少し克服できたという気がしています。

 

父はこの夏に82歳で他界しましたが、やっぱりひとつも涙を流せなかった。心の中では母を虐げてきた父を赦してない。僕は絶対そういう風にならない、自分の子どもたちにそう思われたくない。だから、こういう父親の子育てを応援する活動をやっているんです。FJの中には、自分の父親を尊敬しているパパもたくさんいます。その一方で、僕のように父親を反面教師にして、絶対にこれを繰り返さない、この負の連鎖を断つんだ、と頑張るパパもいる。

 

でも、これを一人でやると苦しいんです。だから、みんなで連携して、時に慰め合いながら、父親として成長していこうと。僕だってまだ完璧じゃないですよ。今でも夫婦喧嘩になると、昔親父がおふくろに言っていたのと同じ台詞を言っていたりする。取り込まれた遺伝子のOSのようなものに気がついて、気分は最悪ですよ。最近はおふくろに「あんたお父さん似てきたね」なんて言われるし。やめてくれよって思います。
 

でも、それくらい親に縛られているんですよ。母親もそう。お母さんに虐待されていた子が母親になってまた子どもを虐待してしまう人が多い。その負の連鎖をどうやって断ち切るか。ここで「パパ力」がキーになってくると思います。

 

高祖: お母さんをたくさん愛してあげること、それが本当に大事だと思いますね。いろんなママに接しますが、「パパに遠慮しているのかな?」と思うようなママもいます。パパもそうです。父子で出かけて、好きなお昼を食べればいいのに、ママに「どうしたらいいの?」とわざわざ電話で聞いたり。いつも子どものことはママに任せているからと、パパが自分で判断しないんですよね。

 

最近聞いたのは、ママ同士でランチに行ってすごく美味しかった、という話。でもそれを、節約のために安い定食を食べているパパに悪くて言えない、と。楽しい時間を過ごしたことを家で口に出せないというのは、やっぱりママのストレスになってしまうし、夫婦で共有できずにさびしいことだと思います。

 

安藤: 子育ては期間限定だから、やらないまま終わってしまうのはつまらないですよ。ママが子育てを一人だけでやろうとすると、パパも仕事だけしていようと、なってしまう。

 

高祖: うちの子どもはもう大きいのですが、いずれ家族が独り立ちする時期がくると、小さい頃に家族で一緒にご飯を食べる時間が、本当に貴重だとわかります。

 

 

■子育てには地域とのナナメの関係が必要

安藤: 東京、横浜、千葉周辺のセミナーで「週に何回、家族とご飯を食べていますか」と聞くんですが、0~1回という人が圧倒的に多い。最近では週に5回というパパも出てきたので二極化の傾向がありますが。週に5回というパパに聞くと、「残業がなくなった」とか、「不景気(あるいはリストラ)で非正規社員になりました」とか。

 

どっちがいいか悪いかは分からないけれど、「子育ては期間限定」と考えたら、できるだけ一緒に夕食を取れるようなワークスタイルに変えていく方がいいと思います。これも虐待の要因としてあげられる、父親の不在による母親のストレスから、リスクは高まっていくことと通じる部分だと思います。

 

それから、若い父親たちには「地域」という観点が抜けがちです。子どもが生まれると、お父さんも一生懸命子どもを寝かせたり、絵本を読んだりするんだけれども、育児は家の中だけで完結すると思っているふしがある。だけど、そうじゃないですよね。家庭があって、幼稚園があって、悪いことをしたら叱ってくれる近所のおじさんやおばさんのような斜めの関係があったり、人間関係のフィールドはどんどん広がっていく。僕たちは多様な大人たちと出会い、距離感を覚えて大人になってきたのに、今はすごくそれが希薄になっています。

 

高祖: 母親自身、子どもが生まれて引っ越したり、ライフスタイルも働いている時とはかなり変わってきます。母親学級などで友だちができたりして、つながりを作れればいいのですが、そうじゃないと本当に密室化してしまうんですよね。だからパパを通してママも一緒に家族同士で遊んだり、新たなつながりをつくれるといいと思います。

 

安藤: うちの子が友だちの家でご飯を食べてくるのを、僕はあまり気にしないんだけど、逆のことがあると翌日メロンが届いたりするんです。つまり相手のうちはすごく気をつかっていて、「ご飯を食べさせてもらったのでお返しをしなきゃ」と思う。お母さんは、フェアじゃないといけません、みたいな感じなんですよ。

 

「子育て期はお互い様でいいじゃん。一人くらい飯食わすのが増えたって同じだよ」と僕は言うんだけど、なかなかそう考えてもらえない。都会のママたちは、ママ友同士、家族同士の付き合いにとても気を使うところがあります。

 

芝の家は、肩書きも関係ない、色んな人が来るという、生身の関係の効果みたいなのがありますか?

 

坂倉: 私は子育て経験がないので、芝の家をやるまでは、子育てって覚悟がいるもの、時間やお金に余裕がないとできないものだと思っていました。でも、芝の家に関わるようになって、活動地域という視点で子どもたちを見たり、子育てしているお父さんお母さんを見て、「あ、自分みたいにいい加減でも大丈夫なんだな」って思うようになりました。困ったら助けてくれる人がいる、ということが見えてきて、だいぶ楽になりましたね。

 

安藤: パパジャングルをママたちはどう評価しているの?

 

荒巻: どうなんでしょうね? ただ、何回もパパジャングルに足を運んできてくれることで、地域のパパたちがつながれているという実感はすごくあります。地域のメール会員もいま350人になります。このメール会員に「ママは入れないんですか?」と聞かれることもありますから、素敵だQと思ってくれているママが多いと感じます。

 

安藤: FJの活動をしながら、その背景にはかなり追いつめられたママの状況を感じます。

今日は事前にみなさんにアンケートを書いていただいたんですが、けっこう「我が家はやっているよ」という方が多いですね。例えば、「子どもの送迎、入浴、寝かしつけ。自慢のイクメンです」「おっぱいが出ない以外はママと同レベルです」「お風呂、オムツ替え、進んでやってくれます」。出産と授乳以外は、全部男性もできるんですね。

 

学生さんのコメントで「家事が好きなお父さんが、掃除や洗濯など進んでやってくれて、お母さんはいつもお父さんに感謝しています」という書き込みもあります。「どうやったら地域に入っていけるか、パパ友が作れるか」という質問が多いけれど、これはやっぱり幼稚園や子どもの行くコミュニティに積極的に参加することでしょう。マンションの理事会など、身近なコミュニティに入っていくことでパパ友ができるかもしれません。全部は紹介できませんが、パパたち頑張っているな、という印象を受けました。

 

 

■質疑応答

会場: マンションで最近自治会の会長になりました。うちのマンションには独身で高齢ということでなかなかお越しいただけないような方がいまして、そこをどうやって掘り起こしていけばいいのかが課題のひとつになっています。芝の家では色々な世代の方が交流されているということで、ヒントになるようなことがあればご享受いただきたいと思います。

 

坂倉: できるだけ色んな方が来やすい状況を作ってあげることは重要だと思うのですが、どうしてもはずせないのは、無理に連れて来よう来ようとしてはいけないなということです。仕事経験のある人ほど、相手をまるで消費者のように、こういう行動をさせるためにはこうしようと、過度に操作してしまうことがあります。

 

人と人が出会うって、そういう行動であってはいけないだろうと思うのです。その人が来たいと思うから来ればいいし、その人が来てくれて嬉しいと私が思ったから「ありがとう」と言う。できるだけその人らしく過ごしてほしいから、あれこれしたり、声をかけたりする。「また来るよ」って言ってくれたら嬉しいし、そういうところを大切にしたいなと思っています。

 

これをずっと続けていくと“ご縁”というものになり、なぜかその人の心に届いて普段来ないイベントに来てくれたり……。すぐに役に立つことじゃないけれどもそんな風に思います。

 

安藤: FJもそうなんですけど、無理に引っ張りこまないことですね。メディアに露出して楽しそうな雰囲気を作るんです。そうすると、お父さんたちがパラパラっと入ってくるんですよ。「ようやく子どもが3歳になり、奥さんからも許可が出て入会しました」っていうお父さんもいます。入りたいって思ってずっと見ていたんですよ、彼は。それでいいと思います。無理矢理引き込んで家庭とのバランスが崩れてもいけない。家族も応援してくれるタイミングもあると思います。

 

会場: 2歳の子どもの母親で、子どもを持って虐待に興味を持ちました。虐待を受けた人は結構いると思うのですが、虐待を受けても自分の子どもに繰り返してしまう人と、繰り返さない人がいます。その違いは何でしょうか?

 

高祖: 答えの仕方が難しいのですが……虐待を受けて育ったからといって自分が子どもを虐待するようになるとは限りません。ただやっぱり、虐待の連鎖はある程度、数値でも出ていることなんですね。それは自分の親がモデルというか、自分が育つ時の親の接し方が幼い頃から体験として組み込まれてしまっていて、常にその考えがついてくるというか。ふとした時に虐待をしていた自分の親と同じような行動で、子どもに接してしまっていることがあるという方もいると思います。

 

安藤: 親の言動は8割が子どもに刷り込まれるといいますね。親の言葉使いや他者との関わり方、子どもの叱り方とか、十何年間ずっと見たり、やられているわけですから、大人になって反射的に自分もやってしまうということはあるんでしょうね。

 

高祖: スウェーデンの話ですが、最初は親の9割くらいが子どもを叩いて育てていたそうです。ところが30年前に、体罰を禁止するという法律ができた。今、親となった人たちに聞くと、それまでは叩くことは当たり前だったけど、叩くことをやめようという空気が浸透してきたから、「叩かなくてもいいか」という考えになってきたのだそうです。これは発想の転換ですね。

 

体罰をしない、戒めないと決めたら、ではどうやって子をしつけたらいいのか。そのためにはパパとママのコミュニケーションが大事になってきます。子育てについて夫婦で「うちはこういう方針でいこう」「最低限ここだけ守ればいいか」というラインや方法を相談することが必要になってきます。

 

安藤: 虐待の連鎖に悩む人を孤立させない支援も必要になってきますね。僕も笑っている父親になるにはと悩んだ末に、パパ友を作ろうと思いました。

 

高祖: ママが虐待してしまっている場合には、パパやパートナーからのママへの愛情が非常に重要だと思います。

 

安藤: 一人親家庭の場合は、地域からのアプローチも機能しないと虐待は減らないと思う。子どもが地域へのパスポートとなりますから、そのパスポートを使って、地域や同じマンションに住んでいる人に、明日からでも声かけをしてほしいと思いますね。

 

会場: 今日は授業の一環で来ました。先日、乳児院に見学に行きました。僕は幸せに育ったので、子どもの過去にどんなことが起きたのか想像できないところがありました。今日の話の中で、虐待の負の連鎖や遺伝というところが心に残りました。僕は保育士になりたいけれども、保育士で虐待を知らなかったら共感できないと思う。虐待を受けた人も共感してもらうことで、虐待を受けた子どもが親になった時に虐待しなくなるんじゃないか、食い止められるんじゃないかと思ったんです。もし保育園や幼稚園で虐待の疑いがあった時、FJという団体があるということを、保護者に伝えられればと思いました。

 

安藤: そこまで行く前に、パートナーが妊娠したら、すぐに関わってほしい。子どもは生まれてからが大変。でも生まれる前は時間がありますからね。その段階で父親として何をやったらいいか学んでほしい。

 

笑顔で子育てしている父親って、ロールモデルになるわけですよ。自分の父親は自分で選べないから実の父親はバッドモデルになるかもしれないけれど、笑っている父親を見て「世の中にはこんな父親もいるんだ!」と、そっちに舵を切ってほしい。そうすれば仲間ができるし、困ったときに助けてくれる。完璧なパパなんていない。仲間と一緒に成長してくということが大事なので、もし何年か後にパパになったら頑張ってください。

 

 

■最後に

荒巻: 僕は常に、笑って子どもたちに接することを重要だと思ってきて、それを実践して来たけれど、怒る時はめちゃくちゃ怒る、というやり方でやってきました。ただ、スタッフが、荒巻が怒るかも、怒るかも……と、怖がっているということを妻から教えられたんです。どうやって怒れば子どもが怯えるのか、知らず知らずに父親の暴力から刷りこまれてきたものが、無意識のうちに怒るという行為の時に出てしまっていたのでしょう。それには自分も気づかずに反省させられました。父親がどう接するかということは子どもに大きな影響を与えることの証明ですね。

 

ノルウェーの『パパと怒り鬼』という絵本がありますが、パパの人格ではないところで、もう一つの人格である鬼が出て来て暴力を働きます。そして鬼が去って行くとママごめんって。まさしくうちがそうでした。なぜ荒巻さんは連鎖しなかったのかとよく聞かれますが、過去に何もなかったかというと、実は子どもが3歳の時に顔面をバンと蹴飛ばしたことがあります。旅行先での出来事でした。ホテルに入り、3歳と1歳の子どもたちは嬉しくてはしゃいで走りまわっていました。1歳の子がベッドで顔面を強打し、大変だ!とびっくりした時に、3歳の子が「あほや~!」と罵倒しました。その瞬間に体が自然と動き、気が付いたら子どもの顔面を蹴っていたのです。もちろんこの瞬間僕は猛烈に後悔し、旅行期間中は3歳の子を思い切り可愛がりました。この日以来、同じ事は繰り返していません。このように、怒り方が威圧的だと気づかされてからは、怒る時もひと呼吸置いてと自分に言い聞かせています。

 

坂倉: 今日は「パパ力」というテーマだったので、パパ力のエリートの方々の話を聞かされて落ち込んで帰るのではないか、と不安に思っていたのですが。お話を聞くと、ほどほどによいパパを目指せばいいんだと思いました。みなさん、人ごとにせずに、生きてらっしゃって、その姿に感銘を受けました。僕は虐待を受けた記憶はありませんが、この延長で自分は自分なりの家庭を築いていきたいな、という思いに至ったのがよかったなあと思いました。ありがとうございました。

 

高祖: 今日午前中に墨田区でパパスクールがあったのですが、ちょっとした機会があるだけで、パパもママも気分が変わったり、気楽になれるんじゃないかなと思います。スクール修了後、“今日からやろうと思うこと”を書いてもらったのですが、「ありがとうって伝える」、「ほめるようにしたい」と書いてくださったパパがいました。子育てをする中で、ママは自信がなくなったり、精神的に不安定になりやすいんです。だから、パパはもちろん、近所の方も、挨拶したり声を交わしたりしてほしい。「赤ちゃん、かわいいね」と話しかけるだけで救われるママも多いと思うので、ぜひ声をかけていただければと思います。

 

安藤: 子どもは親を選べません。でも子どもたちは、常に笑っているママ、笑っているパパを望んでいます。つまり「子育て」、ではなく「子育ち」の環境をどう作っていくか。僕は虐待の問題に関わっていく中で、いい子に育てようと躍起になるが現実は上手くいかず自己評価を下げてしまう母親、一方で大黒柱神話にとらわれて子育てに関わらず仕事だけに邁進してしまう父親の固定化された役割意識や価値観が問題だと思っています。

 

経済状況も合わせて考えると、これからの日本はひとりひとりが自分と向き合って、自分の人生をどう生きるのかということを起点に考えていかなければならない。誰かのように幸せになりたい、ではなくて、自分はどう幸せを形作っていくのか、家族を持ちたいならどういう方法で仕事や子育てを夫婦一緒にやっていくのかということを、特に若い人たちには考えてほしい。ブランド校を出て一流と言われる企業に入れば幸せになれるなんてことは保証できない。実際、大企業に入って育児に関われず奥さんが産後うつになって、会社を辞めちゃったパパもいる。そういうことがいまは普通に起きるんです。自分の家は大丈夫なんていう保証はどこにもないんです。

 

誰でもさまざまなリスクを抱えて子育てをしていかなくてはならない時代にきています。だからスウェーデンのような予防的な取り組みも積極的にやってほしいと思うし、この虐待というテーマを家庭の、そして日本の危機の現れと捉えて考えて改善していきたい。でもそれは誰かがやってくれるのではなく、私たちひとりひとりの意識や行動の中に答えがあるということを、最後に言わせていただき、終わりにしたいと思います。

 

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