野生のイルカが住む島で子どもの「心のケア」を大切にする16年間 #2

インタビュー

NPO法人CROP.-MINORI- 代表理事 中山すみ子さん

自身が海外で野生のイルカと泳いだ経験をもとに、1995年より児童養護施設で育つ子どもの“心のケア”のために野生のイルカと一緒に泳ぐドルフィンスイムやアートセラピーのワークショップを開始。野生のイルカが住む東京の離島、御蔵島に滞在するプログラムを行っている。2008年にはNPO法人CROP.-MINORI-(クロップミノリ)として活動。子どもたちが児童養護施設を出たあとの自立支援に取り組んでいる。5~6人の子どもとスタッフが一緒に住んで生活をする「ファミリーホーム(CROP HOUSE supported by one by oneこども基金)」(家庭的養護を目的とした里親と児童養護施設の中間的な形態)を2011年8月1日に横須賀市で開所した。

自立支援活動『ドルフィンプレイin御蔵島』がスタート

当初は、一般の人や自閉症の子どもを親子で御蔵島に連れて行って、イルカと一緒に泳ぐドルフィンスイムやアートセラピーのワークショップをしていました。この活動を通して、島の環境は子どもたちの心を癒し、本来の自分を取り戻すきっかけを与えてくれると感じ、親子という人間の根本的な部分が欠けている子供たちと一緒にこの体験をしたいと思い、「ドルフィンプレイのプログラムをやりたい」と児童養護施設に相談に行きました。

最初はどこからも断られました。唯一理解を示してくれた児童養護施設の主任指導員がいて、「それは素晴らしい!児童養護施設からはお金が出ないけど、ぜひ子どもを連れて行ってください」と自腹を切って子どもを行かせてくれました。それが相模原市にある「中心子どもの家」の元所長、今は当NPOの副理事長になっている藤野知弘です。CROP.-MINORI-の自立支援活動『ドルフィンプレイin 御蔵島」は、ここからスタートしました。最初は1人、その次の年は2人……と、参加する子どもは少しずつ増やしていきました。

御蔵島の環境が子どもたちを安定させる

「ドルフィンプレイ」のプログラムに参加する子どもたちは、もう精神的に「ギリギリ」という子も少なくありません。相手に大怪我をさせるようなケンカをした子、援助交際やドラッグの疑いがある子、人間関係が築きにくく学校に行けない子……このプログラムに参加する子どもたちは、たくさんの問題を抱えています。

普段は施設という団体生活の中で「やってはいけない」という規制の枠の中で過ごしています。施設にいる人数が多いので、ひとりひとりの子どもが「特別」な扱いをされることもありません。保護してくれる大人に、自分だけを「見てほしい」という思いから、注意されるような激しい行動を起こす子も多いのです。

心に抱えたいろいろなストレスから、反社会的な行動をたくさん起こしてしまうような子たちが、御蔵島に行く。そうすると、もう本当に不思議なぐらい、子どもたちが落ち着きを取り戻します。環境が変わり、日常の生活から一瞬でも抜け出せる解放感は大きいと思います。

子どもたちはみんな美しいものを持っている

御蔵島では子どもたち10人から11人に対しスタッフが3人ぐらい。それに加えて御蔵島のおじいちゃん、おばあちゃん、おじさんやおばさんがいます。子どもたちは、どこを歩いていても声をかけられる。「どっから来た?」「何してるんだ?」「イルカはどうだ?」……うるさいぐらいに声をかけられます。
もう、「ちょっと放っておいて」って思うぐらい(笑)。でも、そのおせっかいが子どもたちの心を満たしてくれる。「私を見て!」という激しい行動を起こす必要もなくなり、子どもたちは、心も体もすごく安定していきます。

御蔵島には中学校までしかなく、高校生になったらみんな島から出なくてはならない。だから、子どもを本当に大切に育てます。「子は宝」、どの子もおなじ、島の人みんなが子どもは大事と思ってくれています。

子どもがご機嫌で歌いながら歩いていると、おばあちゃんが窓を開けて「上手に歌うね~」と言ってくれる。普段は、「うるさい」「お前なんかどっか行け」なんて言われている子どもたちが、「明日も聞かせてね」とか言われたら、想像してみてください!そんな風にほめられたら、誰でもうれしくなりますよね(笑)

子どもは本来パワフルでポジティブな力を持っています。
日常では「できない、できない」と言われている子も、許される環境の中なら、どんなことでも吸収するし、学んでいきます。御蔵島にいる人たちと大自然の中に身を置くことで、自然を思いやり、相手や自分を大切に思う瞬間を作ることができるのです。こういう時間を数日過ごすと子どもたちは殻を割り、素の一番きれいな純粋でパワーのある、美しいものを、すっと表面に出してきてくれます。これが本当に子どものすごいところだと思います。ありのままの美しい、純粋なパワーを、「あなたの本来の力はこれでしょう」と伝え、学園の先生たちにも「この子が本来持っている力は、こういうところですよ」とフィードバックするようにしています。

心のケアには長い時間と多くの人の力が必要

自分の親から「お前なんかいらない」「死んじまえ」……などと言われ続けていたら、自己肯定感は育まれるはずもありません。自分や他人を大切にすること、人とつながっていくことが、彼らにとってはとても難しいことなのです。

彼らのケアには、ものすごく長い時間と、いろいろな人の力を必要とします。本来は家族がやってくれたら済む話ですが、家族ができない場合は、本当に多くの人の力を借りなければなりません。

御蔵島は、誰もがみんな顔見知りで、良い時も悪い時もサポートし合える、本当に小さい単位のコミュニティです。放っておいてほしい時は放っておいてくれるけど、放っておけない時は放っておかない、そういう人間関係を作るのは大きいユニットでは難しいもの。だけど小さいユニットであれば、なんとなくお互いがお互いを気遣うことができる。そこに子どもが入れられると、すごく守られている感じを受けるでしょう。そういう地域やサポート、コミュニティみたいなものがこれからの社会には必要だと思います。

本当は日常生活の中でも、子どもたちが輝ける環境を作ってあげられるとベストなのだと思います。
児童養護施設では、なかなか難しいのが現状です。その中でも小規模なファミリーホームは、それに近づけられる制度であると期待しています。

正面から向き合い、正直に伝える

子どもたちと接するうえで、「正直でいること」が大事だと思っています。その子が施設にいるとかつらい環境だという背景はあるのですが、それはちょっと置いておいて、大人が自分の中で「これはちょっと」と思ったことは、言葉に出して伝えないといけないと思います。

御蔵島の人たちは、「父ちゃんに何されたんだ」「行くとこないのか、じゃあどこに帰るんだ」と、子どもたちに普通に言葉をかけています。その子がどういう環境にあるかは別にして、「目の前の子どもを大切に思う」から出る素直な言葉であるということがベースにあるのです。彼らは、詮索しようとか、色眼鏡で見たりしているわけではない。だからその子に正面から向き合って、本心をちゃんと話して伝えてくれる。そこに本当の人間関係が生まれてくるのだと思います。

私自身、最初は子どもたちとのやりとりにずいぶん傷ついた経験があります。あいさつをしても無視される、「私、何かひどいことした!?」って(笑)。でもその気持ちを言わなかったら、そのまま何も関係が変わらないということにある日気づきました。「ちょっと、どうしてあいさつを返してくれないの?」と言ったら、子どもの方がハッとして、「あ、ごめん、わざとじゃなかったんだけど」となって。「あなたの今の態度がすごく怖かった」とか、子どもに対して感じたことを言わなければ、子どもたちとのコミュニケーションも出来ないのだと、その時思いました。

自分の気持ちを素直に伝えること。悲しいとか、苦しいとか、うれしいとか、楽しいとか、そういうことをきちんと言葉にする。私だって「言いすぎちゃったかな」と思うこともありますが、普通の家庭でもそんなことはよくあること。たくさんの場面を繰り返し、積み重ねながらお互いの距離を少しずつ測っていく。これは、ぞれぞれの大人にもよりますし、相手の子どもにもよりますし、さまざまな距離の取り方、アプローチの仕方があるのだと思います。

母性と父性の全体的なバランス

CROP.-MINORI-は、「受け入れる」とか「育む」という活動の方法も含めて、どちらかというと母性的な団体です。だからこそ、バランスの重視を考え、御蔵島には男性と女性がスタッフで行きます。母性で大きく包むけれど、男性的な力、父性的な力を発揮する場面も必ずあります。

今の子どもたちの社会的背景には、しんどい思いをしているお母さんの存在があります。そこが変われば子どもたちの環境もまったく変わるかもしれません。男性が子育てに参加するというのはとても大事だと思います。直接的な子育てだけではなく、お母さんをサポートすることも、結果的には子どもを育てていることになると思います。そんな男性と女性の存在、母性と父性のあり方自体も、参加した子どもたちに、感じ取ってもらえればと思っています。

課せられるハードルがあまりに高い子どもたち

児童養護施設の子どもたちはいつでも「制度」に当てはめられています。虐待や何らかの理由があって児童相談所に保護されて、措置をされて、振り分けられる。児童養護施設に入ると、今度は18歳になったら施設を出なさい……という話になる。子どもたちは、法律に基づいた制度に当てはめられ、その中で生きているわけです。

18歳まで施設にいられるのは、基本的に高校など学校に行っている子どもだけです。学校に行かなかったり、問題を起こして施設に適さないと判断されてしまった子は、18歳にならないうち、たとえば15歳でも施設を出なくてはなりません。施設を出たあとの制度はまったくありません。何をするにも自分でやらなくてはいけないわけです。唯一「自立援助ホーム」という義務教育終了後、15歳から20歳までの子どもたちをサポートする場所があります。ただし、「自立援助ホーム」に入るには、仕事をしていることが条件になり、家賃的なものを支払う必要があります。

彼らは自ら希望して児童養護施設で暮らしているわけではありません。子どもたちは被害者。なのに、生きていく上で彼らに課せられるハードルだけは、ものすごく高くなってしまう。それが、児童養護施設を出た子どもたちの現状です。

子どもたちが帰る場所・やり直せる場所を作る

子どもたちは施設を卒園した後、どこかの段階で必ずと言っていいほどつまずきます。失敗しても、もう一度施設に戻ることもできず、帰るところがない。失敗の内容によって、鑑別所や少年院に行く子もいる。“普通に戻れるところがない”という、厳しい状況があります。

子どもたちの心のケアへの支援も本当に手薄です。彼らの心には失敗を乗り越えて前に進むためのエネルギーが蓄積されていません。いくら自立への線路を引いてあげても、心をサポートしてあげないと結局どこかで立ち止まってしまうんです。そういうつまずいて、立ち止まってしまうそんな彼らの姿をずっと見てきました。

だから、「しんどくなったり、失敗したらここに来なさい」と言える、“もう一度立て直しができる場所”をきちんと作らなくてはダメだと思いました。
それが今回のファミリーホーム設立の流れにつながりました。今の制度の中だけでは子どもたちへのサポートが途切れてしまいます。制度の枠にはまる子どもというのは実は限られていて、そこに、はまらない子どもたちの方が圧倒的に多いと思います。ごまかしながらやってはいるけれど、本当の意味での充実した人生を送るための準備ができているかといえば、99.9%の子ができていない。
社会の枠にはまりきれない子どもたちが目の前にいるのです。……それは15歳でも、21歳でも、30歳でも同じです。私たちは関わった子どもたちに対して、責任を持ち続けたい。そういう思いで活動しています。

ファザーリング・ジャパンに期待することタイガーマスク基金に関わってみて

タイガーマスク基金の勉強会でお話しさせていただいた後、メールをいただいたり、アンケートの回答や、ツイッターでのやり取りなどを通して、「他人事には思えない」「何か自分にできることは」と、みなさんの気持ちが伝わってきて、本当にありがたいと思いました。子どものことをきちんと理解したうえで対応したい、と思ってくださっている。今までそういう方たちに会うことが少なかったので、私にとってはすごく新鮮で、うれしく思いました。仲間とのつながりは、やっぱり心強いですね。

児童養護施設の出身者たちは、「普通の大人」に会う機会が少ないので、世の中のパパたちが、どんなことを思って子育てや仕事をしているのか、どんな風に家族を思っているのか、どんな風に社会とつながっているのか……。ぜひ彼らに伝えていただきたいと思っています。彼らは自分の父親から聞いたことはないでしょう。親になること、パパになること、家族を思うこと……。子どもたちが、そんな大人の思いを知ることはすごく大きいと思います。

子どもたちの未来をファザーリング・ジャパンがつないでいく、それもコツコツと。子育てと一緒で、コツコツと。タイガーマスク基金を、みなさんと一緒に温かく、ゆっくり育てていただけたらと思います。

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