早川悟司さん
児童養護施設「子どもの家」副施設長・自立支援コーディネーター。東京都社会福祉協議会児童部会 リービングケア委員会副委員長。特定非営利活動法人3keys 理事。
競争社会に違和感があった
大学では経営学科で学んでいました。大学には通ってましたが、卒業する気は、あまりなかったかも(笑)。十代の頃から飲食の仕事に興味があって、「三十歳くらいで店を任されたらいいかな」なんて思っていました。
アルバイト先の割烹料理屋を22歳の時に任されることになったんですよ。自分に教えてくれていた店長が解雇されてしまって、「おまえが店を回しているんだろ」という感じで、店長に指名されました。でも、達成感はありませんでした。「自分が出世するのに、何を躊躇しているんだ」って言われましたけどね。人を押しのけても残っていく、競争社会に違和感があったのかも知れません。
悶々としていたある日、雪が降ってきた空を見上げて、ビリビリッときたんです(笑)。得体のわからない、ただただ強烈な感覚だけれども、「自分のいるところは、ここではない」ということだけは即座に感じ取りました。「他に行くべきところがある」と。その後、様々に考えたり調べたりする中で「福祉」に行きつきました。
「福祉の仕事がしたい」と、親に告げると、父は、福祉の「ふ」の字も知らないような人で。けんか別れのような感じで家を飛び出しました。一時はホームレス状態になりながら、土工をしたり、ガードマンをしたり、なんとかお金を貯めて。知人経由で、母親が仕送りしてくれたり。それで日本福祉大の3年次に編入して福祉を学びました。
実習した情緒障害児短期治療施設の小学生11人中10人が被虐待児
最初は、アフリカとか、海外の貧困などに関心があったんですが、社会福祉士の実習を情緒障害児短期治療施設で行わせてもらいました。子どもと毎日関わりながら「この仕事だ」って思いました。私が行った情緒障害児短期治療施設は、小学生11人中、10人が身体や性的など、虐待を受けた子どもたちでした。乱暴で激しいコミュニケーション……。この子たちはどういう子なのか。プロフィールを見ると、親も虐待を受けているケースがほとんどで、世代間での暴力の連鎖がはっきりと確認できました。
卒論では、「体罰」を主に取り上げました。私自身も、子ども時代には親や教師から体罰を受けていました。言ってわからないなら、殴る……。その中で、自分自身も手が出やすくなっていました。
「日頃の信頼関係があれば、いざというときの体罰に効力がある」という教育研究者もいました。でも、「体罰の容認」と「虐待の連鎖」の質は一緒だと思っています。自分自身、20歳過ぎまでケンカをしてお巡りさんのお世話になったことがあります。子どもの前では言えませんが(笑)。けれども、実習を契機に、暴力や体罰に対しては強い確信をもって否定しています。
私が勤めはじめたころは、児童養護施設でも職員から子どもたちへの体罰が少なくありませんでした。今でもこれらが完全に消失したとは言えません。虐待を受けた子どもこそ、暴力に頼らないコミュニケーションを徹底して教えていかなければならないと思います。
自立支援コーディネーターによる児童養護施設の支援標準化をしていく
1999年に「リービングケア委員会」が立ち上がり、私は2002年から加わっています。児童養護施設や自立援助ホームの職員が集まり、社会へ出て行く子どもたちの自立支援について、学んだり、情報交換をする場です。
とりわけ義務教育を終えた子どもへの支援は、施設ごとで考え方や対応が大きく違っています。たとえば公立高校に合格できなければ、あるいは入学しても中退すれば直ちに就労自立が求められる施設があります。一方で、そうした子どもたちにも私立高校も含めて多様な就学先を確保し、その先の大学等進学も基本に支援している施設もあります。こうした「違い」は、子どもたちの人生そのものに大きく影響しています。
子どもたちは施設に入るか否か、どの施設に入るかも、実質的には選択できません。そんな中で、こうした「違い」を容認してはならないと考えています。そこで必要なのが、「標準化」という考え方です。「標準化」とは、理念や方法、手続きを共有して、子どもたちの自己選択・自己決定を尊重するためのものです。決して、結果を同一、均一にするというものではありません。
昨年度から東京都の児童養護施設で配置されている「自立支援コーディネーター」は、この「標準化」を担うことが期待されています。まだ二年目ということもあり、各コーディネーターはまだまだ手探りの中での仕事ではありますが。具体的な仕事としては、ひとりひとりの子どもの自立支援計画を、ケア職員と共に立てること、大学等の進学希望者に対して奨学金の情報提供をはじめとしたサポートをすること、退所者の状況を把握して必要なアフターケアが行えるよう調整することなどがあります。
「自立支援コーディネーター」が、専門職として機能するためには、独立性(ケア業務からはずれること)、資質(対人援助の基本理念を理解して実践に活かせること)、方針(業務に関する基本方針が共有されていること)、組織化(バラバラに動くのではなく、横の連携や情報共有ができること)、教育(独自の教育・研修の仕組みがあること)といった要素が必要です。
「自立支援コーディネーター」はケアワーカー(保育士的な業務)とは異なる、ソーシャルワーカーとしての専門性が求められています。
正確で具体的な情報提供が、子どもの自立支援の選択肢を広げる
「自立支援コーディネーター」は適切に制度や社会資源を把握して、子どもたちの最善の利益に繋がる情報提供をしていく必要があります。情報が偏っていたり、適切に伝えられなくて、子どもが不利益を被るようなことがあってはならないと思っています。
この仕事の特徴は、背中越しに子どもを感じながら、外に向いて仕事をすること。新しい情報や資源を施設につなげられるクリエイティブな仕事だと感じています。難しさは、日々研鑽していないといけないということですね。どんどん制度や社会資源が変わっていきますから、経験年数を積むだけでなく、自分自身の意識をとぎすませていることが大切です。自分が停滞していたら、子どもたちの活き場所を狭めてしまうというプレッシャーもありますね。